IT業界の特にSIerでは偽装請負が問題になっています。IT業界に在籍されている方や、関心のある方なら度々耳にするワードかもしれません。偽装請負というくらいなのでなんとなく違法な契約のような気がするけれど、具体的にどういうことなのかはよくわからない、という方も多いのではないでしょうか。
そこで、偽装請負について、エンジニア目線から仕組み、問題点、実態などについて解説します。法律の細かい話ではなくエンジニアにどのような影響があるのかを中心にご説明します。
偽装請負とは
偽装請負とは、「実態は労働者派遣契約なのに、契約上は業務委託契約(請負契約、準委任契約)になっている」という状態です。
業務委託契約なら、クライアント企業には指揮命令権がありません。にも関わらず指揮命令していると、実質的に労働者派遣契約ではないのか、となります。
派遣、委託、請負、準委任、などの契約の定義や違いについて、詳しくは以下の記事をご参照ください。
受託、委託、請負、準委任、派遣、エンジニアにとっての違いとは
労働者派遣契約とみなされると、労働者派遣法に従って本来果たしていなければならない義務を果たしていないことになります。また労働者派遣契約は許可制(厚生労働大臣から)なので、無許可で労働者派遣業を行っている状態です。
無許可の労働者派遣業は「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」が科されます。
IT業界に在籍している方、特にSIerに在籍している方ならすぐにわかるはずですが、多くのプロジェクトが偽装請負に該当しています。つまり、エンジニアは違法な契約を前提に労働していることになるのです。
以下に、業務委託契約と労働者派遣契約の違いを表にします。
指揮命令権 | 労務管理の責任 | |
業務委託契約 | 自社(仕事を受けた企業) | 自社 |
労働者派遣契約 | 派遣先企業 | 派遣先企業 |
つまり、本来「指揮命令権」と「労務管理の責任」はセットになっています。偽装請負の場合、以下のような状態になっています。
- 契約上は業務委託契約
- 指揮命令は本来自社が行うべきだが、派遣先企業が行っている
- 労務管理は本来自社が行うべきだが、責任の所在が曖昧になっている(契約上は自社の責任だが、指揮命令の実態が派遣先にあり自社はプロジェクトの状況を把握していないし責任を持ちたくない。派遣先企業は契約になくても指揮命令は行いたいが、契約上やらなくて良い労務管理の責任まで持ちたくない。)
詳しくは以下に解説します。
エンジニアにはどのようなデメリットがあるのか
エンジニアが偽装請負の状態で働いているとして、それの何が問題なの?と思われる方もいるかと思います。なぜなら、仮に偽装請負だとしてもきちんと給料はもらっているはずですし、偽装請負が指摘されて罰則が科されるにしても、その責任を負うのはエンジニアではないからです。
強いて言うなら偽装請負の結果プロジェクトがなくなったり、最悪の場合会社自体がなくなる可能性もありますが、これは急な話ではありません。また仮にそうなったとしても一定以上のスキルのあるエンジニアなら転職できるのでさほど困らないでしょう。
ここまでの流れだとエンジニアにとって特にデメリットはなさそうですが、実は大きなデメリットが存在します。
それは、偽装請負の結果「労務管理の責任所在が曖昧になり、結果的にエンジニアの労働環境が悪化する」ということです。
上でも説明しましたが、まず業務委託契約の場合、準委任契約でも請負契約でも労務管理はエンジニアが所属している企業に責任があります。なぜなら派遣先の企業に指揮命令権がないので、労務管理にも口出しすることができないからです。
一方で、労働者派遣契約の場合、労務管理は派遣先企業の責任です。
しかし偽装請負の場合、表面的には業務委託契約なので所属企業の方に労務管理の責任があるが、実態としては派遣先企業が指揮命令しており、労務管理も実質的に派遣先の企業が握っている、という状況になります。
所属企業と派遣先企業の両者が労務管理に責任を持ってくれるなら良いのですが、実際はその真逆になるケースが多いです。つまり、以下のような責任のなすりつけあいになります。
エンジニア
残業が多すぎることが悩みです。
作業時間を短縮する工夫はいろいろやっているのですが、そもそもの作業量が多すぎます。
人員を増やす等一人の作業量を減らす方法はないのでしょうか?
エンジニアの所属企業
派遣先の指示に従って作業してください。
プロジェクトが忙しすぎるなら、残業などについてもプロジェクトの人と相談してください。
その上で発生した残業については、後から残業報告してもらえれば、一定の残業代は支給します。
派遣先企業
残業についてはこちらでは何も言えない(業務委託契約だから)ので、自社の方と相談してください。
ただし今月中にこれだけの作業は最低限進める必要があるので、そこはお願いします。
エンジニア
誰も残業が多すぎることに対して責任を持ってくれない・・・。仕事上のノルマは派遣先から課されけれど、結果的に自分の意志で残業したということになるのか・・・。
これは「SIerのエンジニアあるある」かと思います。自社の人に相談すると「現場の人に相談して」と言われ、現場の人に相談すると「自社の人に相談して」と言われます。
本来業務委託契約なら、自社が労務管理するはずなのですが、自社はプロジェクトの状況すら把握していないケースが多いでしょう。なぜなら実質的には労務派遣契約のようになっているからです。
しかし実際は業務委託契約なので、派遣先の企業は労務管理に積極的ではありません。ただし指示は行います。
本来指揮命令と労務管理はセットなのですが、派遣先企業は労務管理を無視して指揮命令だけ行っています。それに対して自社もノータッチなので、結果的にエンジニアは指揮命令に従って、自主的に残業を増やしている、のような状態になります。
結局のところ、自社も派遣先の企業も、「業務委託契約と労務派遣契約の都合の良い部分だけ主張し、逆に責任は回避する」という動きになっているのです。
エンジニア自身がわかっていないことも問題
偽装請負の仕組みは、明らかに自社も派遣先企業も権利を主張して義務を果たしていない状態で、そのしわ寄せはエンジニアが被る形になっています。
これがまかり通っている理由として外部からのチェックが甘い、黙認されている、ということもありますが、それ以上にエンジニア自身が仕組みを理解していないことが多いことも原因です。
たとえば派遣先の企業が「今月中に○○と○○を完成させてください。スケジュールを見せてください。」などと言っているにも関わらず、「残業については自社と相談してください。」とも言っているのは契約上矛盾しています。
なぜなら指示を出すのであればそれは労働者派遣契約で、労働者派遣契約なら残業等の労務管理も義務に含まれているからです。逆に契約が業務委託契約だと言うなら労務管理しなくても良いですが、同様にエンジニアに直接指示を出すこともできません。
自社も労働者派遣契約なら派遣先企業と話し合い労務管理をしてもらうよう調整を行うべきで、そうではなく業務委託契約ならプロジェクトの状況を把握した上でエンジニアの労務管理を行うべきです。
労働者派遣契約と業務委託契約の都合の良い部分だけ抜き取って責任を回避しているのが偽装請負なのですが、エンジニアがこれを知らないと、されるがままに被害を被ることになります。
正直なところ仕組みを知っていたからといって、立場的に強く言えるわけではないかもしれません。また主張したところでスルーされる可能性も高いでしょう。
しかし何も知らないと思われれば、余計にいいように使われてしまう可能性は高いです。自社や派遣先企業の人と話し合う機会が定期的に設けられるケースが多いですが、その際残業時間や労務管理に問題を感じているのであれば、今回説明したような知識は持った上で意見を言った方がまだ効果が期待できます。
他にも今後転職する際の企業選びなどの指標にもなるので、ぜひ偽装請負の仕組み、何が問題なのか、実態としてどのようなことが起こっているのか、などについては把握しておいてください。
またIT業界には偽装請負と言葉の似ている問題として、多重請負という問題もあります。多重請負と偽装請負は互いに関係していて、その結果より違法性が大きくなっています。
多重請負については以下の記事で解説します。